自然栽培米ササニシキ

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‘井田のササニシキなど伝統米を残す活動’ カテゴリーのアーカイブ

東の横綱ササニシキはなぜ減った?復活に人生をかけた若き自然栽培米農家

2021 年 2 月 19 日 金曜日

大森さんインタビュー

宮城を代表する銘柄米、ササニシキ。

コシヒカリとは対照的に、硬質であっさりした食味が特徴のお米ですが、実はコシヒカリとは親戚品種に当たります。

モチモチした粘りと甘さのお米が好まれる現在、ササニシキはすっかりコシヒカリの影に隠れてしまいました。しかしササニシキは酢飯に最適で、おかずの味もよく引き立てます。寿司店ではいまだ根強い人気があり、寿司職人には大変好まれていますね。

体に良いとされる“あっさり”を作り出す成分“アミロース値”が他のお米よりも高く、健康増進のために食べる人もいます。

今回は、体にも良いササニシキがなぜ作られなくなったのか解説し、ササニシキの復活に人生をかけた自然栽培米農家についてご紹介します。

かつては東の横綱と呼ばれていたササニシキ

大森さんインタビュー

ササニシキは今から68年前、宮城県で生まれました。

親は、ハツニシキとササシグレ。

ハツニシキの親は農林1号と農林22号ですが、実はこの2つの品種からは、コシヒカリも生まれています。

つまり、ササニシキにとってコシヒカリは、叔父叔母の関係なんですね。

ササニシキは、栽培において優れた特性を持っていました。それは、病気に強い・多収・倒れにくいという特性です。寒さが厳しい東北地方でも、栽培しやすいお米でした。

大森さんインタビュー

ササニシキが生まれた当時は、お米の多収が重要視されていたので、栽培しやすいササニシキの作付け面積は徐々に拡大。昭和60年の作付け面積は、コシヒカリに次ぐ全国2位になり「東の横綱ササニシキ、西の横綱コシヒカリ」とも呼ばれるようになったのです。

しそれほどまでに人気を二分していたはずのササニシキですが、今では作付面積1%にまで減少しました。

なぜ作られなくなったのでしょうか。

気候変動で打撃を受け市場評価を失う

大森さんインタビュー

東日本を中心に圧倒的人気を誇っていたササニシキですが、生産量が多くなる一方で、度々いもち病(米特有の病気で品質が悪くなる)にかかっていました。

その後、1980年と1983年に起こった冷害で大きな打撃を受け、市場評価が低下。さらに、1993年には冷夏、1994年には猛暑と多雨が起こり、ササニシキの品質は著しく低下し市場評価を失ってしまったのです。

2017年の全国作付面積ランキングでは、ランク外となってしまいました。

しかし、ササニシキは冒頭で述べたように、寿司店では欠かせないお米ですし、あっさりした食味を好む人からも支持されているお米です。今では、ササニシキと同等の品質がありながら、いもち病にも強い新品種を作る試みが盛んに行われています。

ササニシキの復活に人生をかけた若き自然栽培米農家

大森さんインタビュー

熊本県南阿蘇に、ササニシキの復活に人生をかけた自然栽培米農家がいます。

全くの異業種から自然栽培に転身した大森博(おおもり・ひろし)さんです。

大森さんは、自然栽培を始める前まで雑貨屋を営んでいましたが「自分の手で、納得のいく本物のものを作りたい」という想いを抱いたことから、就農を志しました。

38歳のときに、米作りを学ぶため福井県の米農家に師事。そこで師匠が食べさせてくれたササニシキに、非常に感動したといいます。

「人の体が求めている本物のお米だ」と実感したのです。そして、自分もササニシキを作ろうと決意。ササニシキの栽培に適した環境が揃っている南阿蘇に移住しました。

しかし、南阿蘇でのササニシキの栽培は20年前で途絶えていました。さらに自然栽培となると非常に難しく、大森さんは周りの農家さんから指南してもらいながら、ササニシキの自然栽培に挑んだそうです。

大森さんインタビュー

今では収量も安定し、令和2年の収穫は仲間たちに手伝ってもらいました。夢のあふれる素敵なメンバーです。

ササニシキの種を守り、継いでゆく大森さんのような農家さんがいるからこそ、私たちの食が支えられているんですね。

無農薬しか考えられない諌山さんの予想を上回るお米作り。収量は?虫は? 

2021 年 2 月 13 日 土曜日

諌山さんインタビュー

大分県日田市は、美味しいお米を作るのに欠かせない条件である【寒暖の差】と【清らかな水】が揃っている地域です。

このお米作りに恵まれた環境で、自然栽培米【イセヒカリ】【ヒノヒカリ】を作っている米農家・諌山英城さん(いさやま・ひでき)は、農業を始める前まで、東京でサラリーマンをしていました。

脱サラして農業を始めたときから「無農薬しか考えられない」と決意していた諌山さん。さらに無肥料にすると、予想を上回る結果になったといいます。

自然栽培米を作る日田市の諌山さん

諌山自然栽培米

諌山さんの実家は、もともと農業を営んでいました。自然栽培を始めたのは、今から25年前のこと。それまで諌山さんは、東京でサラリーマンをしていました。

農業とはかけ離れた生活を送っていたのですが、自身が農家育ちということもあり、諌山さんは都会での生活に違和感を覚えました。そして、実家の日田市に戻ることに。

実家に戻った諌山さんは「豊かな生き方とは何か」と考えさせられたといいます。そして「自分の手で体に良い本来の食べ物を作ること」という答えに辿り着きました。

日田の地が、諌山さんを呼び戻してくれたのかもしれません。

収量が激減し、虫にもやられると思いきや…

諌山さんインタビュー

諌山さんが農業を始めた当初は、無農薬栽培を行っていました。肥料は与えていたのです。むしろ、無肥料に対しては消極的でした。

無肥料にすると「収量が激減するのではないか」という不安があったからです。

そんな中、作業が忙しく肥料を与えるタイミングを逃してしまった年がありました。ちょうどその頃、自然栽培という言葉もよくきいていたこともあり、諌山さんは試しに、そのまま無肥料で育ててみることに。

すると、諌山さんが思っていたほど収量は減りませんでした。しかも、肥料を与える労力も軽減される。そして、体にももちろん良い

諌山さんインタビュー

無肥料にすることはいいことづくしだと実感した諌山さんは、それから無肥料栽培も始めることに。つまりここから自然栽培の道が始まったのですね。

自然栽培は虫よけの農薬を使わないので、虫が寄り付きやすいとも思われています。西日本ではここ数年、ウンカの被害が相次いでいますが、諌山さんの田んぼはウンカの被害に遭っていないそうです。

この日インタビューに訪れたときも、諌山さんの田んぼだけが被害に遭っていませんでした。このことも、諌山さんにとっては予想外のことでした。

諌山自然栽培米

左の写真は、水路を挟んで左の田んぼが諌山さんの田んぼです。右側の田んぼはウンカにやられていますが、諌山さんの田んぼは被害にあっていませんね。

右の写真は、収穫後の諌山さんの田んぼです。令和2年の米作りは全体的に収量が激減した年でしたが、諌山さんの田んぼでは不思議と収量はそう多く減りませんでした

自分が理想とする自然栽培米作りを実現できた

諌山さんインタビュー

自然栽培に切り替えてから、諌山さんが一番気にしていたことはお米の味でした。無農薬・無肥料にしたことで、食味にどう影響しているのか。

諌山さんは自分のお米を販売するにあたり、まずサンプルを送っていたそうです。

サンプルを食べたお客様から寄せられた感想は「非常に美味しかった」という声でした。それはお世辞ではなく「本当に美味しかった」という反響が多かったとのこと。

諌山さんインタビュー

慣行栽培よりも手間暇がかかる自然栽培ですが、お客様のこのようなお声こそが、何よりの励みになると諌山さんはいいます。

脱サラし、それまでとは180度変わった生き方を選んだ諌山さんですが、その目は自信と幸せに満ちていました。

まとめ

諌山さんインタビュー

諌山さんは「健康な生活を送るために、自然栽培米は重要な主食だ」と考えています。

そして、未来を担う今の子どもたちにも自然栽培米を食べてもらい、次の時代でも、自然栽培が続いて欲しいと願っています。

このような想いから農業の研修生の受け入れを行い、自然栽培の素晴らしさを体感してもらうなど、諌山さんは現在でも精力的に活動しています。

諌山さんが25年かけて追求し実現させた体に良い本物の自然栽培米は、今日も食べる人の体を元氣にしていることでしょう。

下記から諌山自然栽培米のご購入ができます。

【諌山自然栽培米】のご購入はこちら

天草の自然栽培米農家川﨑さんが語る知られざる天草コシヒカリの歴史

2020 年 11 月 20 日 金曜日

川崎さんインタビュー

熊本県天草市で栽培されるお米の8割は
実はコシヒカリです。

天草といえばコシヒカリともいわれ
その歴史も奥深いものがあります。

天草で無農薬・無肥料の自然栽培で
コシヒカリを作る川﨑さんに
天草にコシヒカリが普及した歴史と
自然栽培を始めるきっかけについて
お話を伺いました。

天草にコシヒカリが広がった背景

川﨑さんと田んぼ

川崎さんがお米作りは始めたの
昭和49年(1974年)のこと。

その頃は既に農薬も普及し
米の増産が目的とされていました。

そんな中、「本当に美味しいお米を作ろう
という声が高まり

昭和53年に、熊本県の4件の農家が
美味しいお米を生むべく
試験栽培を始めたそうです。

川崎さんインタビュー

川﨑さんにも試験栽培の依頼があり
コシヒカリ、ササニシキを含めた
8品種の試験栽培を開始。

しかし、始めた当初は
稲のコシが弱く、倒れてしまうものが
多かったそうです。

そのようなお米の中でも昭和54年には
4品種を選抜。さらに試験栽培を続けましたが
やはりそれ以後も、倒れてしまいました。

天草で自然栽培を始めるきっかけ

川崎さんインタビュー

2年にわたる試験栽培で採用されたのは
コシヒカリでした。

さらに翌年の昭和55年には
一般の農家にもコシヒカリの栽培が普及しましたが
やはり倒れやすい特性を
避けることはできませんでした。

そこで、水稲倒伏軽減材“セリタード
という資材を使用することに。

川崎さんは、肥料がまかれていた一反の田んぼに
セリタードをまき
そこでコシヒカリを栽培してみました。

川崎さんインタビュー

すると、背丈の低い
倒れないコシヒカリに育ったのです。

翌年川崎さんは、セリタードを使わずに
コシヒカリを育ててみたところ
昨年と同じような
背丈の低いお米に成長しました。

川崎さんインタビュー

この結果から川崎さんは
「去年の農薬が今年の米にも残っている」
と確信。

この気づきから川﨑さんは
農薬や肥料を使わない自然栽培を
目指したそうです。

天草の稲作に深く関わる川崎さんの想い

川崎さんインタビュー

当時、自然栽培に取り組むことは
非常に稀なことでした。

慣行栽培が主流となっていた中で
無農薬・無肥料に逆行することは
精神的にも耐えがたいものがあったと
川崎さんはいいます。

それでも、人を健康にする食べ物を追求し
安心安全のお米作りの道を突き進んできた
川崎さんの確固たる信念には
心を打たれます。

収量は極端に少なくても
品質を重視することで
自然栽培を続けられてきたのです。

まとめ

川崎自然栽培米ササニシキの米粉製粉機

最初から何も知らずに
自然栽培を始めようと思い立つ人は
そういないでしょう。

“それまで取り組んでいた慣行栽培の
農薬使用に疑問を抱いたから”

“人の体を健康にする
安心安全な食べ物を作りたいから”

“地球環境にも優しく
持続可能な農業の発展に尽力したい”

など、自然栽培を始めるには
それなりに何かきっかけがあるものです。

川﨑さん収穫風景

それらのきっかけに共通していることは
決して「楽をしたい」とか「稼ぎたい」とか
そのような想いではないこと。

人のため、生き物のため、地球のために
汗水垂らして土を耕し
手作業で手入れし、虫や病気と闘う。

自然栽培は、人間力が養われる
修練の場ともいえるでしょう。

天草の自然栽培米農家、川﨑さんが作る自然栽培古代米・雑穀米とは?

2020 年 11 月 13 日 金曜日

川崎さんインタビュー

プチプチした食感と
噛むほどに増すうまみが美味しい
古代米と雑穀米。

自然派の健康食ブームが到来する前から
実は古代米・雑穀米は
広く食べられていました。

それには
・混ぜて炊くだけだから手軽
・主食と一緒に採れて栄養価も高い
・美味しい
という理由があるでしょう。

最近ではインスタントの
雑穀スープなどもあり
アレンジレシピが活用されつつあります。

そんな古代米・雑穀米を
長年自然栽培で作っている
天草の自然栽培米農家、川﨑さんに
その魅力を訪ねました。

古代米・雑穀米の歴史は深い

自然栽培米雑穀3種類

古代米・雑穀米は
非常に奥が深い穀物です。

現代の私たちが主食としているのは白米ですが
白米を主食として食べ始めたのは
地球の歴史からするとごく最近のこと。

古来より日本人の主食だったのは
雑穀だといわれています。

「古事記」や「日本書記」にも
登場していることから古代米・雑穀米は
当時の日本人が日常的に
食べていたことが分かるのです。

玄米に古代米を入れて土鍋で炊飯

白米を主食として食べられたのは
奈良時代からとされていますが
一部の特権階級の人たちだけしか
食べられませんでした。

江戸時代になると武士や町民の間でも
白米を食べる習慣が広がりましたが
それが災いし
武士たちの間で脚気が流行りました。

その治癒・改善のために
ソバや大麦、小豆などの雑穀が効果的とされ
昔の人は経験的に雑穀を食べていました。

私たち日本人の体を作り支えてきたのは
古代米・雑穀米といえるでしょう。

古代米・雑穀米を作っている川﨑さん

川崎さんインタビュー

天草に自然栽培を導いた
熟練の自然栽培米農家、川﨑眞志男さんは
無農薬・無肥料で長年
古代米・雑穀米を作られています。

もとも強い生命力を蓄えている
古代米・雑穀米は、冷害や干ばつに強く
農薬や肥料がなくても育つ
という特性を持っています。

したがって、自然栽培こそが
古代米・雑穀米の栽培に向いている栽培だと
いえるでしょう。

川崎さんインタビュー

しかし、近年深刻化している
地球温暖化の影響がその栽培にも
波及していると川崎さんは語ります。

そこで川崎さんは
田植えの時期をずらすことで
収獲時の高温を避ける対策をとることに。
結果、見事に実ったそうです。

古代米・雑穀米は免疫力向上にも期待できる

川崎さんインタビュー

食べる人が健康になれる
生命エネルギーの高いお米を作る
ことを目指し
自然栽培の道を歩み続けている川﨑さんは

免疫力を高めるには
体にとっていいものを食べることが大事
と考えています。

そして「ウイルスも
免疫力の高い人の体には寄り付かない」
と語り、自然の力だけで育った
無農薬・無肥料の作物を摂ることは
体の中を浄化しウイルスに負けない
体を作るといいます。

まとめ

川崎さんインタビュー

未だ収束しないコロナウイルス。
感染者は毎日増え続けています。

コロナウイルスに負けないためには
マスク、消毒も大事ですが
何よりも肝心なのは
体を内側から強くすることが肝心です。

病院も薬もなかった昔の人の体は
現代人よりも丈夫で力持ちだったと
いわれています。

古代米・雑穀米を食べていた
私たちの祖先も、たくましい体であったに
違いありません。

川﨑さんの古代米は下記より購入いただけます。

【川﨑自然栽培無農薬古代米(黒米・赤米・緑米・香り米)】

天草の自然栽培米農家、川﨑さんが自然栽培を続けられた理由とは?

2020 年 11 月 6 日 金曜日

川﨑さんインタビュー

温暖な気候の天草は昔から
早期米の栽培が盛んです。

毎年4月には田植えが始まり
8月には収穫を迎える早期米ササニシキを
無農薬・無肥料の自然栽培で作られている
自然栽培米農家、川﨑眞志男さんは
今年で自然栽培歴14年目を迎えます。

自然栽培を始めた当初は
まだ天草はおろか全国的にも普及しておらず
その道のりは決して
たやすいものではありませんでした。

川﨑さんが自然栽培を続けてこれた理由を
ご紹介します。

自然栽培米農家、川﨑さんが自然栽培を志したきっかけ

川崎さんと田んぼ

川﨑さんは今や
天草に自然栽培を導いた先駆者です。

もともと川崎さんの実家は
代々天草に続く米農家だったことから
川崎さんもその道を歩むことに。

農業を始めた当初は農薬を使う慣行栽培でしたが
1990年頃から、農薬による健康被害などを懸念し
無農薬の栽培を始めました。

川﨑さん収穫風景

同時に川崎さんは
年々深刻化している地球環境の問題にも配慮。

食べてくれる人が健康になり
自然環境も良くするには自然栽培の道しかない
という想いからこれまで
自然栽培に取り組んできました。

自然栽培米作りを続けられた理由とは…?

川﨑さんインタビュー

自然栽培は、非常に難しい栽培です。

何年もかけて不純物の混ざらない土を作り
手作業で除草などの手入れをし
虫や病気と闘う、という手間をかけても
収量は慣行栽培よりも少ないのです。

したがって、自然栽培の普及率は
日本の農業全体で0.5%も満たしていません。

川﨑さんインタビュー

川﨑さんも自然農法を始めた当初は
水田一反あたり
3俵しか収穫できなかったといいます。
(一般栽培では平均9俵)

周りから理解を得られず
笑われることもあり
苦しい想いを抱いた時期もあったようです。

しかしなぜ、川崎さんはここまで
自然栽培を続けることができたのでしょうか。

実際に川﨑さんに伺いました!

自然栽培古代米、雑穀米も作られています!

自然栽培米雑穀3種類

川﨑さんは自然栽培米ササニシキのほかに
無農薬・無肥料の自然栽培古代米・雑穀米
も作られています。

古代米・雑穀米は、大昔から今に続く
ビタミン・ミネラルがたっぷりの雑穀で
天然のサプリメントともいわれています。

玄米と古代米のご飯

川﨑さんはこの古代米・雑穀米を
大昔と同じ栽培方法の
自然栽培で作られています。

本当に体に良い食べ物とは何か」追求し
「人の健康そして地球環境のためには
自然栽培しかない」

と邁進してきた
川﨑さんの想いがたっぷりつまった
自然栽培米ササニシキと古代米・雑穀米です。

まとめ

川﨑さん親子

令和二年度の新米が続々と出荷しています。

今年は気候変動や水害などで
稲にとっては非常に厳しい環境でした。

川﨑さんのササニシキも
これまでにない収量減となり
農作物は自然の恵みそのものなのだと
実感しました。

おにぎり自然栽培米

しかし、この厳しい環境を乗り越え
生き残った自然栽培米の遺伝子は
年々継がれてゆくことでしょう。

川崎さんの
これからの自然栽培に対する挑戦に
今後も注目してゆきたいですね。

言葉はエネルギー体-自然からの教え-

2015 年 12 月 2 日 水曜日

私は、自然農法に関わるようになり
世の中にあるもの全てエネルギー体だと捉えるようになりました。

自然農法的には、火・水・土の自然界のエネルギーからなっており
科学の世界でも量子力学では、原子を細分化していくと
物質が存在しなく、そこには振動(波動性)しかないと言われています。

物事の根源は、実は、物ではなく、波動
つまりは、エネルギー体と考えれるわけです。

そうなると
自分がどのようなエネルギー体であるかがすごく意味を持つわけですね。

自分の考え方、言葉これらが自分を作り上げると言っても過言ではありません。

キリスト教のヨハネの福音書で書かれています。
「太初に言あり、言は神と偕にあり、言は神なりき。
この言は太初に神とともに在り、萬の物これに由りて成り、
成りたる物に一つとして之によらで成りたるはなし。
之に生命あり、この生命は人の光なりき。」

別の訳では、下記のように伝えられています。
「初めに言葉ありき、 言葉は神と共にありき、 言葉は神であった。
全ての物は言葉によってでき、これによらないものは一つとしてない。
言葉は生命であり、生命は人の光なりき」

なんと、キリスト教でも
言葉は神であり、万物を作り、生命が宿ると言っています。

いや~言葉って大事ですね。

私の好きな斉藤一人さんも
天国言葉を大事にしていますね。

斎藤一人さんのご友人で尾形さんという方が
次の言葉を言い続けたそうです。

「しあわせだなぁ、豊かなだなぁ
ますますしあわせになっていくなぁ
ますます豊かになっていくなぁ
ありがたいなぁ」と

そしたら、その通りの現実を作っていったそうです。

言葉は、エネルギー体(波動)で命が宿っているんですね。
言葉通りの現実を形作っているんですね。

私も天国言葉を意識して7年ほど経ちますが
自分の気分が悪くなるような地獄言葉は言いたくなくなるんですよね。

そして、自分が感謝の言葉を使えば使うほど
感謝したいことがたくさん起こってくるんですね。

もちろん
うぉ~と叫びたくなる時もありますが、
その時こそ、天国言葉です。
「ありがとう~、なんでこんなことが起こったんだろ?」
「何のためにこんな経験してるの?ドンドン良くなってるよ」

アホみたいですが、効果絶大です。

結局いい方向に行くので。

面白い世の中です。

 

 

 

90歳のご老人方が後悔していること

2015 年 11 月 18 日 水曜日

アメリカで90歳の老人の方々にアンケートを取ったそうです。

「あなたが一番後悔していることはなんですか?」

なんと、この答えの90%は同じ答えだったと言います。

それは、

「もっと、冒険しておけばよかった」

他の答えでは

「他人がどう思うか、気にし過ぎなければ良かった」
「他人の期待に添う人生でなく、自分が思い描く人生を歩めば良かった」
「あんなに仕事ばかりしなければよかった」
「もっと一瞬一瞬に集中して生きればよかった」
「リスクを恐れずいろいろ挑戦すればよかった」
「もっと家族と一緒の時間を過ごせばよかった」

人それぞれもちろん答えは異なりますが、
自分の心の声を聞いて素直に従って生きるべきだったという声が多いように感じます。

私達は大なり小なりコミュニティーで過ごしています。

他人の評価がいつの間にか気になり
他人から認められたい、コミュニティー内で認められたいなんて思うようになって
本来の自分の声とは違ったことをすることもあるでしょう。

でも自分の心の声と違うことをし
他人の評価を基準に生きてしまうと
それは、一体誰の人生なのか、微妙になってきます。

生まれてきた以上、
必ず来る死。生きているから忘れがちになりますが、必ずその死はくる。

死ぬことを意識した時に、
生きることを意識する。

死ぬ間際に自分の人生を振り返って
俺はこの世を楽しみきったとニコッとできるんだろうか?

死というのは、得体の知れない怖いものではなくて
生を完全燃焼させるためにある。

この命を一体何のために使うのか?

クラス全員で答えを見せ合っていいテスト

2015 年 11 月 6 日 金曜日

ある学校でこんなテストをしたそうです。

先生は言いました。
「クラス全員で答えを見せ合っていいよ。
それでは、テスト開始!」

さて、このクラスの平均点数は
通常、平均点数60点のテストが100点だったそうです。

この方法ならば、全教科90点以上は全員いけそうじゃないですか?

なんたってできる人の答えを見てもいいのだから。

このテストをどう思いますか??

そんなんいい点数とれるに決まってるやん と思いましたか?
周りの答えを見るなんて意味がないテストだなと思いましたか?

一般的には、
これはカンニングと言われる行為で、学校では、禁止事項ですよね。

自力で頑張りなさいと言われ、
全教科いい点数を目指すために勉強しますよね。

そして、学校生活が終わり
社会人となると

今度は、周りと協力しなさいと言われます。
チームの和を乱すななんて言われます。

面白いですね。
「自分の力のみで頑張れ」から「みんなと協力しろ」と
全く逆の要素を要求していますね。

社会人になると
みんながそれぞれのキャリアを積んでいき
その道のエキスパート達が集い、一つのプロジェクトを遂行していきますよね。
みんなが自分の得意分野を持ち、その能力を持って協力しているわけです。

言い換えれば、自分の得意分野を明確にしておかないと
面白いプロジェクトに加わるチャンスがないかもしれません。

初めにテストを見せ合う学校の話をしましたが
まさにこの社会の状態だと思いませんか。

算数が得意な人、国語が得意、理科が得意、英語が得意と
それぞれの力を持ち寄って取り掛かれば
ほぼ全教科100点に近いわけです。
総合点数(総合力)は凄まじいものになるわけです。

こうなると全科目を必死に勉強するのは微妙な感じがします。

初めの取っ掛かりは、こういう教科もあるよと
いろいろ世界を広げるため学べば良いと思います。

しかし、どこかの段階で
自分が興味ある分野があればそれに邁進する方が
卒業してから社会で通用するのでしょう。

 

苦労の先にあるものは・・・

2015 年 10 月 28 日 水曜日

小さい頃に聞いた言葉
「苦労は買ってでもしろ」これは、本当なのだろか?

苦労の先には、幸せが待っているのだろうか?

今現在、幸せに豊かに生きている人は、
昔、苦労といわれる経験を積んだかもしれない。
しかし、
今現在は、幸せな道を生きている。

つまり、どこかでシフトチェンジしている。

私の好きな斉藤一人さんは仰っています。

「苦労の先にあるのは苦労」だと
「苦しみながら幸せをつかんでいる人を見たことない」と

確かに苦しみながら幸せとは、変な話です。おかしいでしょう。

今幸せに生きている人は
どこかの段階でシフトチェンジしていると言いました。

これがキーなのだと思います。

小さい頃は、いろいろ経験を積むものだと思います。
そのためにこの世に来ているのかもしれません。
いろんな経験積んで、いろんな感情を味わって。

もちろんネガティブな感情も味わい、人に良くない行動もするかもしれません。

ある程度大人になってもその経験を続けるのだと思います。
それは、それで良いと思います。
最終的には、この経験でしっかりとした土台ができて意味がある経験だったなと言うでしょう。

そして、ある時に
考え方のシフトチェンジをします。

それは、ひょっとして気づきかも知れません。
「なんだかんだ言っても、
雨をしのげる家に住んでいるな。
今日もご飯を食べれたな。
自転車や車って便利だな。乗れてよかったな。
家族の人が怪我することなく過ごせたな。
実は、結構、私って幸せだな」

よくよく自分を見てみると
99%は幸せに溢れているかもしれません。
1%の不幸なこと大変なことにフォーカスして、
それが大きくなっちゃって、幸せ感が薄くなりがちになっているかもしれません。

もしかして、今、不幸と思っているこの1%の出来事も
将来には幸せの種になるかもしれません。

あの時の辛い経験があったから
今の私がある、みたいな。

今、幸せに生きている人を見ると
今、幸せであると意識している人です。
ありがたい事にフォーカスしている人です。
そして、その1%の不幸そうな出来事も
結局、自分にとって良い方向に導いているように見えます。

斎藤一人さんが言う
「幸せの道を歩いている人のその先には、幸せな事しかない」

自分が何にフォーカスして過ごしているのか?

それによって見える世界が変わりそうです。

 

 

辛い思いをしないことは、がん予防につながる

2015 年 10 月 22 日 木曜日

昨日、何気にホンマでっか!?TVを見ていたら
環境評論家の武田邦彦さんが次の事を仰っていました。
「辛い思いをしないことは、がん予防につながる」

なんか納得いったんですね。

私は、斉藤一人さんの考え方が好きですので学ぶのですが、

斎藤一人さんが言うには、
ガンになる人には「頑張り屋さん」や「頑固な人」が多いと。

”がん”が付く言葉遊びのようですが、的を得ているなと思うのです。

一人さんは、基本的に「顔晴る」と書きます。
がんばるのはイイのですが、”顔晴る”と”頑張る”では持っている波動が違うように感じます。

顔晴るにはプラスの楽しんでいる波動を感じますが
頑張るにはマイナスの息苦しい波動を感じます。

このマイナスの息苦しい頑張るをした時
つまり、辛い思いで頑張った時に体がおかしくなるのではと思うのです。

武田邦彦さんが仰るには

頑張る(一人さんで言う顔晴る)や寝ないことがガンを引きを引き起こすのではなく
本人が辛いと思う気持ちが引き金となり、がん細胞が増殖しやすくなるようです。

目標があり、一生懸命に達成するために夜も寝ないで
頑張る人(一人さんでいう顔晴る人)は、大丈夫みたいです。

人間の体は、すごく高性能にできていると思います。
これだけ科学が進歩しても人間の細胞一つもゼロから作れないと言います。

無意識にしている人間の臓器の働きや体内の酵素の働き
体が切り傷を受けたら自然にかさぶたができて、修復して、傷跡を無くすのです。
体にウィルスが入ったら熱が出て、免疫力を上げてウィスルを死滅させようとするのです。

すごくないですか、私たちの体は!

そんな高性能の体が
頑張って、頑固になって、辛い思いをすると
がん細胞が増殖するのです。

自然農法関係の私の目から見ると
がん細胞ができるということは、早く土に返そうとしているのです。
つまり不自然なものを土に返して無毒化しようとしているように見えます。

頑張って、頑固になって、辛い思いをすることは、
幼少の時期に経験としてはいいかもしれませんが
大きくなってもそれに固執するのはもしかして不自然な生き方なのかもしれません。

体がそう教えてくれているように感じます。

大人になりある時期が来たら
頑張らず、一つの考え方に固執せずに柔軟に、
楽しく生きているのが良いのかもしれませんね。

 

 

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