自然栽培米ササニシキ

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当店は、自然栽培米専門店ナチュラルスタイルです。
当サイトは、「日本に残したい自然栽培米ササニシキなど伝統のお米」をお届けしております。

‘伝統の自然栽培米作りの現場’ カテゴリーのアーカイブ

自然栽培米作り37年以上の稲本さんが八代で自然栽培を始めたきっかけとは?

2021 年 1 月 8 日 金曜日

稲本薫と稲

熊本県八代市の米農家
稲本薫(いなもと・かおる)さんは
自然栽培歴37年の
大ベテランの自然栽培農家です。

稲本さんの自然栽培米は
長年の自家採種により
八代の地にあったたくましい稲に
生まれ変わりました。

その特徴は、あっさりした食味で
細胞がしっかりしているということ。

自然栽培に人生をかけた成果が
こうして米粒で体現されたのです。

稲本さんが自然栽培に出会うきっかけを
ご本人に伺いました。

八代の自然栽培巨匠、稲本さん

稲本さんインタビュー

稲本さんは高校卒業後
農業の研修施設に通っていました。

そこで、糠や粕の素晴らしさを知り
「健康な体作りには、細胞のしっかりした
米粒を主食が必要だ」と考え
米作の道へ。

自然栽培に出会うのは
米作をはじめて6~7年目のことでした。

稲本さんと稲

当時は既に農薬使用が主流だったので
八代で自然栽培に取り組む農家は
ほとんどいませんでした。

自然栽培は
難しい栽培といわれているからです。

多くの手間がかかる上に
収量も少ないので
それだけで生計を立てる農家は
ほんのわずかでした。

しかし稲本さんは
地球環境を守る持続可能な農業は
自然栽培しかないと信じ
幾多の困難を乗り越えてきたのです。

自然栽培を始めたことで岡田茂吉氏ともつながった

稲本さんインタビュー

自然栽培を始めた当初は
周囲に同業者はいませんでしたが
無農薬・無肥料の栽培に
関心を持っている人と
次第に出会うようになったそうです。

それは稲本さんが
熱心に自然栽培に取り組む姿が
周りからも評価され
認められてきたことでもあるでしょう。

稲本さんインタビュー

そしてついには
自然農法の父といわれている
岡田茂吉氏とも
つながることができたそうです。

諦めずに続けてきたからこそ
このような素晴らしい出会いに
恵まれたに違いありません。

稲本さんは地球環境の保全も目指している

稲本さんインタビュー

稲本さんは
体を丈夫にする自然栽培米を作ると同時に
地球環境を守ることも目指しています。

自然栽培は、無農薬・無肥料なので
たくさんの生き物が棲みつきます。

中には稲を食べる害虫もわきますが
他の生き物が益虫となって
害虫を食べてくれるのです。

田んぼには、このような生き物たちによって
食物連鎖が生まれます。
田んぼはいわば、一つの地球なのです。

自然栽培を行うと
生き物たちが本来の生命活動を始め
きれいな自然環境が回復します

稲本さんは自然栽培を通じ
これからも美しい地球環境を守りたい。
そう願っています。

まとめ

稲本さんの自然栽培米が
独自に生まれ変わったきっかけは
熊本地震でした。

地震により起こった塩害で
ほとんどの稲が全滅する中
奇跡的に生き残った稲があり
その稲だったのです。

稲本自然栽培米の比較

この稲が生まれる背景には
稲本さんの自然栽培に対する
たゆまぬ努力と
健康と環境保全を願う気持ちが
あったからでしょう。

自然栽培米イセヒカリを作る大森さんが語るその特徴とは?

2020 年 12 月 31 日 木曜日

大森さんイセヒカリインタビュー

イセヒカリというお米を
ご存じでしょうか。

イセは伊勢
ヒカリはコシヒカリの
ヒカリが由来。

その昔
伊勢神宮の神田に植えられていた
コシヒカリが突然変異して
生まれたお米です。

発見されて以後
神様が植えたお米として
大切に守られてきました。

そんな神聖なお米、イセヒカリの
食味や栽培の特徴を
熊本県阿蘇市の自然栽培農家
大森さんに伺いました。

イセヒカリとはどんなお米?特徴は?

大森博自然栽培米ササニシキ

イセヒカリは、1989年に
伊勢神宮の神田で発見されました。

当時神田では、もともとコシヒカリが
植えられていましたが
2度の台風で、ほとんどが倒れてしまいました。

しかし、そんな中でも奇跡的に倒れず
生き残った2株のお米がありました。

伊勢神宮

その2株のお米は、黄金色に輝く
お米に育ちましたが
コシヒカリとは全く異なる特性を
備えていました。

このことに気付いた農家により
2株は翌年から試験栽培されることに。

1996年には
2000年を記念するお米として
伊勢神宮より『イセヒカリ』
と名付けられました。

自然栽培米イセヒカリを作る阿蘇の大森さん

大森さんと田んぼ

イセヒカリの特徴は以下です。

①茎が太く倒れにくい
②病気に強い
③無農薬・無肥料でも育てやすい
④冷めても美味しい
⑤食味があっさりしている

実際に、無農薬・無肥料の
自然栽培でイセヒカリを作られている
自然栽培米農家がいます。
大森博(おおもり・ひろし)さんです。

大森自然栽培米苗

大森さんの田んぼは南阿蘇にありますが
イセヒカリは南阿蘇では
あまり作られていない品種です。

自然栽培に向いているとはいえ
多くの手間がかかるお米なので
作る人は滅多にいないのです。

しかし
イセヒカリに魅力を感じた大森さんは
「自分も作ってみたい」
と強く思い、栽培に挑んだそうです。

自然栽培米イセヒカリを作ってみて感じたこと

大森さんイセヒカリインタビュー

大森さんは今では、5反もの田んぼで
イセヒカリを作られています。

実際にイセヒカリを栽培してみて
大森さんが感じたことは
コシヒカリとは
「正反対の重さで、力強い」
ということです。

詳しくはこちらの動画をご覧ください。

まとめ

大森自然栽培米収穫作業

イセヒカリは『神米』とも称され
一時期は高級寿司屋が注目したり
有名なグルメ漫画にも
取り上げられたりするほど
大変貴重で有名なお米でした。

コシヒカリの突然変異ですが
コシヒカリとは反対の食味で
冷めても美味しく、日本酒の原料としても
重宝されています。

大森さんのような若い世代が
イセヒカリを無農薬・無肥料の
自然栽培で育てているのは
非常に意義深いものです。

令和二年の米作は不作となりましたが
過酷な環境を耐え抜いた
イセヒカリの遺伝子は来年の米作に生かされ
そしてより力強い稲に成長することでしょう。

令和三年の大森さんの自然栽培米作りにも
期待が高まりますね。

自然栽培米ササニシキを作る川﨑さんの2021年の抱負

2020 年 12 月 25 日 金曜日

川崎さんと田んぼ

新型コロナウイルスの
発生とともに始まった2020年。
未曾有のパンデミックに
世界は今なお混乱に陥っています。

コロナ禍の影響は自然界にも及んだのか
農業にとっても今年は非常に
厳しい年となりました。

田植え後の長雨、水害、台風
そしてウンカの大発生など
稲作にとっては苦難の連続だったのです。

天草の自然栽培米農家
川﨑さんに、今年の反省を踏まえた
来年の抱負について伺いました。

天草で自然栽培米ササニシキを作る川﨑さん

川崎自然栽培米ササニシキの米粉製粉機

天草で自然栽培米ササニシキと
コシヒカリを作る川﨑さんは
この道15年以上の、大ベテランの
自然栽培米農家です。

しかし、自然災害にはやはり抗えません。

川﨑さんの田んぼも
これまでにないほどの収量減でした。

これには、地球温暖化も影響している
川﨑さんは考えています。

川崎さんは、自然栽培を通じて地球環境の保全も
目指されています。

川崎さんインタビュー

自然栽培米の田んぼに使う水へのこだわりは強く
自然栽培の水田から
自然環境回復の活動にも努めています。

地球環境への意識が非常に高い
川﨑さんだからこそ、自然災害は
地球環境をおろそかにする人間による
人災ともいえるべきものだと
捉えているのかもしれません。

川崎さんの2021年の抱負

川﨑さんインタビュー

自然災害により
大打撃を受けた今年の稲作ですが、川崎さんは
これまでの栽培の改良や
こだわりの追求で、上質な
生命力の高い自然栽培米ができている
と実感しているそうです。

今年は不作となった年ですが
この苦難から学ぶべきことは多いもの。

川﨑自然栽培米ササニシキ

それまでの栽培を改めるとともに
こだわりの追求もすることで
これから起こりうる難事にも
耐え抜ける生命力の高いお米を作りたい。

川﨑さんはこう語ってくれました。

そして何より柱とするのは
食べる人が元気になるような
自然のパワーが詰まったお米を届けることです。

自然災害と自然栽培米

稲本自然栽培米の稲

農業は、自然の力で成り立っています。
土、水、日光。
これらが揃わなければ作物は育ちません。

自然の恵みそのものである作物ですが
自然はときに猛威を振るいます。

浸水が続き、苗が全滅したり
地震で田んぼに塩害が起こったり
日照不足で田んぼが干上がったりと
天災と農業は切り離せない関係にあります。

自然の力のみで栽培する自然栽培は
ときに災害をものともせず
災害に鍛えられてむしろ強くなります。

実際に、とある自然栽培米農家の稲は
浸水4メートルの水位にも耐え
その後力強く成長しました。

このような稲には
非常に強い生命力を蓄えた遺伝子が
詰まっていることでしょう。

まとめ

川﨑さん収穫風景

不作となった今年の農業。
川﨑さんだけでなく
多くの農家が苦しんだことでしょう。

災害が起きず
農業にとって最適な気象条件が揃うと
豊作になります。これは当然のことです。

しかし、このような当然が根底にあると
不作の事態に負けてしまうでしょう。

不作が起こったからこそ
自然の恵みに一層感謝する気持ちが強くなり
豊作とはむしろ
奇跡的なことなのだと感じられるのです。

自然栽培米あきまさりを作る野田さんの自然栽培を始めるきっかけとは?

2020 年 12 月 10 日 木曜日

野田さんと稲

自然栽培は、とても難しい栽培です。

多くの手間をかけても
収量は低いので
それだけで生計を立てるのには
相当な覚悟が必要でしょう。

したがって、
自然栽培を始めるのには
それなりの動機やきっかけが
あるものです。

「体に優しい作物を作りたい」
「環境に優しい農業をしたい」

多くは
農薬の危険性を懸念したことが
きっかけとなっていますが
実際に農薬の危険性を
身をもって実感した
という人は少ないのではないでしょうか。

自然栽培米あきまさりを作る野田さん

野田さんインタビュー

昔から米所として栄えた
熊本県玉名市で、無農薬・無肥料の
自然栽培米あきまさりを作る
野田秀明さんは
今年で自然栽培歴8年目です。

玉名を流れる一級河川
菊池川の清らかな水を田んぼに使い
除草剤も一切使わず
自家採種を続けてきた種籾で
お米を作り続けてきました。

野田さんインタビュー

自然栽培では、多様な生き物が
益虫となり田んぼを守ってくれるので
ウンカの被害も拡大せず
生命力のあふれる自然栽培米を
お届けしています。

そんな野田さんが
自然栽培に取り組むきっかけとなったのは
自分自身に起こったある重大な出来事でした。

自然栽培米作りに取り組むきっかけは?

野田さんインタビュー

野田さんは、自然栽培を始める前は
慣行栽培でお米を作られていました。

何の疑問を抱くことなく使用していた農薬ですが
ある日田んぼの中でどじょうが死んでいるのを見て
農薬に対する認識が変わりました。

野田さん田植え

その後、農薬散布中に
野田さん自身が農薬中毒にかかってしまいました。
その時は、意識が朦朧とし
生死を彷徨ったといいます。

野田さんは、このままではいけないと思い
無農薬の栽培に取り組むことに。
その後、無肥料に切り替え
自然栽培の道を歩み始めましたのです。

自然栽培米あきまさりに寄せる想い

野田さんインタビュー

自然栽培をはじめたころは
虫が湧きました。

しかしこうもりの大群がたちまち
その虫を食べてくれるのを
目の当たりにした野田さんは
自然の偉大さを実感し
自然の力で稲が育てられていると
感心しました

野田さんインタビュー

自然栽培にしてからは
野田さんのお米をずっと食べていた
お客様から「美味しくなった」
との声をいただくようになったといいます。

自然栽培を始めてから
自分が本当に求めていたお米作りに
たどり着くことができ
これからも
食べる人の体が喜ぶお米を届けてゆきたい
と野田さんは願っています。

まとめ

野田さんと田んぼ

農薬の危険性は
多くの自然栽培農家が懸念し
その研究もされているところですが
実際に農薬被害にあったという
野田さんのような農家は
稀有な存在といえます。

だからこそ
人の健康を願う想いは強く
その想いは
あきまさりに詰まっているのです。

野田さんのこれからの活躍に
ますます期待が高まりますね。

自然栽培米を作る諌山さんの揺るぎない信念「無農薬しか考えられない」

2020 年 12 月 3 日 木曜日

自然栽培米イセヒカリ・ヒノヒカリを作る日田の諌山さん

農家の家に生まれた諌山さんは
自然栽培を始めて8年になります。
始める前までは東京に勤めていました。

45歳のとき実家を継ぐことになり
故郷の日田に帰ることに。
東京を離れたことで感じたのは
ストレス社会の中で生きていた
ということです。

これがきっかけで諌山さんは
人間の本来の生き方とは何なのか
と考えるようになりました。

そこで、農業に従事するにあたり
いかに楽しく取り組むか
ということを目指し

楽しく育った農産物は
食べる人にも良い影響を与える
という考えに至りました。

現在諌山さんは、毎日楽しく
自然栽培に勤しんでいます。

それは、東京の生活とは全く異なる
充実した日々でした。

自然栽培米に寄せる諌山さんの想い

自然栽培に取り組むときから既に
諌山さんには「無農薬で育てたい」
という想いがありました。

食べる人の体のことを考えると
「無農薬しか考えられない」
という信念が自ずと湧いてきたのです。

2012年からは
さらに無肥料栽培を開始。

無肥料栽培にしたことで
ウンカの被害を受けにくくなりました。

諌山さんは、自然栽培にしてから
稲自身が強く生きていることを実感しています。

さらに、お客様からの声も変わってきました。
これまで食べてきたお米と比べて
諌山さんのお米は美味しい!
好評をいただくようになったのです。

このような嬉しい声こそが
諌山さんが自然栽培米を作る上での
大きな励みになっています。

自然の恵みで生まれた食べ物をいただく
という理念のもとに
自然栽培米作りに励んでいます。

自然栽培米を未来の子どもたちに託したい

諌山さんのカレー

諌山さんは、自身の田んぼを
未来の自然栽培農家を育成する
研修の場としても提供しています。

それは何より
「未来の子どもたちのために
安心安全の食べ物を作る場所を
残してゆきたい」という想いが
あったからでした。

現在自然栽培は日本の農業のうち
わずか0.5%以下という普及率です。

慣行栽培よりも多くの手間がかかる上に
収量は少ないので
取り組む農家は非常に少ないのです。

しかし諌山さんは
自然栽培を苦しい農業と捉えず
楽しい農業とし
食べる人にも活力を与えるような
食べ物を作りたいと考えています。

まとめ

諌山さんの田んぼ

自然栽培の道を進むには
よほどの覚悟や信念が必要です。

何年もかけて不純物を含まない土を作り
虫や病気を闘い、手作業で手入れをしても
収量は慣行栽培よりも少ないので

たくさん作ってたくさん儲ける
というような仕事では、決してありません。

それでも自然栽培を続けている
諌山さんのような自然栽培農家には
人の健康のため、地球のためという
利他的な動機があり
それが原動力となっているのです。

下記から諌山自然栽培米のご購入ができます。

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熊本の情報番組で在来種米穂増と旭一号の魅力を伝えた実取さんの活躍

2020 年 11 月 27 日 金曜日

実取さんテレビ出演

日本有数の米所、熊本県七城町で
在来種米の復活に人生をかけ
いまでも精力的にその栽培を続けている
自然栽培米農家がいます。

先日、熊本の情報番組でも
在来種米を収獲する姿が放送され
そのお米は、リポーターたちの舌も
うならせていました。

栽培が難しいとされる
在来種の栽培に寄せる想いと
在来種米の魅力や美味しさを
画面の中から語ってくださいました。

熊本県七城町で在来種米を作る実取さん

実取さんと田んぼ

自然栽培米農家、実取さんは
無農薬・無肥料の自然栽培で
在来種米穂増と旭一号を作られています。

在来種米とは
昔からその土地で作られていたお米。
品種改良されていない原種に近いお米で
その土地にあった特性を持っています。

いわば今出回っているお米のルーツであり
甘さや粘りのあるお米にはない
昔ながらのあっさりした味わいを
特徴としています。

旭一号米粒

穂増は、江戸時代の終わりから明治時代にかけて
熊本県で盛んに栽培されていた在来種です。

粘りはなく、独特な甘み
そしてお日さまのような香りがするお米です。

実取さんは、在来種米には
先祖が紡いできた愛が詰まっているといいます。

そして、そのような愛を途絶えさせることなく
つないでゆきたい

このような想いから、穂増の栽培に
情熱を注いでいます。

熊本の情報番組に出演!在来種米の魅力と実取さんの活躍ぶりが満載

実取さんテレビ出演

先月10月28日、熊本の情報番組
テレビタミンの特集で
実取さんの活躍ぶりが放送されました。

取材された日はちょうど、穂増の収穫日。
稲刈りをする実取さんの姿が映されました。

実際に籾取りもし
炊き立てのお米をリポーターが実食する場面も。
その美味しさにうなっていましたね。

実取さんテレビ出演

実取さんの穂増は
日本酒の原料にもなっていて
七城町にある渡辺商店には
穂増というそのままの名前で
店頭販売されているのだそうです。

実取さんが語る在来種米作りへのこだわり

実取田植え

実取さんは、無農薬・無肥料の
自然栽培で穂増と旭一号を作っていますが
栽培にはこだわりがあります。

それは、田んぼの土はもちろん
種まきに使用する土も
不純物が混ざっていない山土を使用すること。

そして、昔から濁りのない
きれいな水をたくさんの田んぼに流してきた
一級河川、菊池川の水を使用することです。

山土

在来種米は、農薬使用の慣行栽培が
農業の柱となる現代よりも
はるか昔から作られてきたお米。

無農薬・無肥料だからこそ
在来種米はその種を守られてきたのです。

自然栽培でなければ
在来種米の美味しさは引き出せないでしょう。

たった40粒の種籾から復活した穂増。

実取さんテレビ出演

実取さんは現在、バケツ稲のリーダーとして
栽培の指導も行っています。

奇跡の復活を遂げた穂増に続いて
バケツでも様々な稲が実取さんのもとで
力強く育つことでしょう。

まとめ

実取さんと稲

令和二年度の米作は
コロナの流行と共にはじまり
長雨、日照不足、水害、ウンカの大発生と
農業にとっては難事ばかりが続きました。

それでも実取さんは気丈にふるまい
前を向いて自然栽培の道を
歩き続けています。

実取さんの想いはきっと
穂増、旭一号に継がれ
その種は先人たちの愛とともに
後世に紡がれてゆくことでしょう。

自然栽培米ササニシキを南阿蘇で復活させた大森さんの想いと志

2020 年 10 月 30 日 金曜日

大森博と自然栽培米

ササニシキというお米をご存じですか?
1953年に宮城県で生まれたお米です。

誕生した当初ササニシキは
コシヒカリと並ぶほどのブランド米でした。

しかし、もともと天候に左右されやすく
作りにくい性質のため
宮城県でも徐々に作られなくなってゆき
一時期は入手困難なお米となりました。

デリケートな性質のササニシキ。
作られる環境は限られています。

しかし20年前には
熊本県南阿蘇でも作られていました。

その性質からやはり
作られなくなってしまった
南阿蘇のササニシキですが
数年前に見事復活させたのが
大森博さんです。

自然栽培米ササニシキを作る大森さん

大森自然栽培米収穫作業

大森さんは、まったく違う職種から
農家に転身しました。

農業を志した理由は
「自分で納得したものを作りたい」
という想いがあったためでした。

そして、もともと地球環境にも
興味があったことから
自然と農業の道が目の前にできていました。

大森博自然栽培米ササニシキ

その後一年間、熊本で有機農業を学び
農家として独立。

独立の際何を作ろうかと考えたとき
作物の中で一番好きだった
お米が浮かんだのです。

なぜ大森さんは南阿蘇でササニシキを復活させたのか

大森さんと田んぼ

新規就農者に米作は難しいといわれる中
大森さんは自分の道を信じて
米作に挑戦することを決意。

大森さんがササニシキを選んだ理由は
ある出来事がきっかけでした。

大森さんは38歳のときに、米作を学ぶため
福井県の米農家に師事していました。

師匠から米作を学ぶ中で大森さんは
師匠が作っているササニシキを食べ
その美味しさに、いたく感動したといいます。

そして、ササニシキこそが
「人の体が求めている本物のお米だ」
と実感しました。
大森自然栽培米収穫作業

そして、ササニシキの栽培に適している
南阿蘇に移住しましたが、当時南阿蘇で
ササニシキを作っている農家はいませんでした。

大森さんは周囲の農家の力を借りて
ササニシキを復活させたのです。

さらに人の体に優しく
自然の活力があふれる
無農薬・無肥料の自然栽培にも挑戦。

今では安定した収量の成果を出し
たくさんの人に届けられるようになりました。

自然栽培米ササニシキの収穫を迎えた大森さんにインタビュー

令和二年は、長雨や日照不足の影響
さらにはウンカの大発生にともない
全体的な米の収量は減少傾向にあります。

そんな中大森さんのササニシキは
自然の恵みを受け、たくましく育ちました。

昔ながらの乾燥方法「天日干し」も行い
安全性と美味しさを追求して作られた
大森さんのササニシキには
大森さんの情熱が、たっぷり詰まっています。

大森さんにササニシキを作ったきっかけを
天日干しの作業時にうかがいました。

まとめ

大森博の天日干し自然栽培米ササニシキ

農業に適した土地でありながら
作り手不足が深刻な状況にある地域が
対策として推進している新規就農者支援制度。

私たちが生きる上で欠かせない食の基本は
農業から生まれています。

しかし、農業の道に歩む人は昔に比べると
減っているといわれ
日本の食の将来が危ぶまれています。

川﨑さんの田んぼ

そんな中、作りにくい
デリケートな品種のササニシキを

非常に難しい栽培である
自然栽培で作ろうと志した大森さんの存在は
南阿蘇の農家の人たちにとっても
希望の光であることでしょう。

大森さんのこれからの活躍に
ますます期待感が高まります。

大森さんの自然栽培米はササニシキは下記より購入いただけます。
【大森博の自然栽培米ササニシキ・イセヒカリ-熊本県南阿蘇の湧き水で育った無農薬のお米】

川﨑自然栽培米ササニシキを作る天草の自然栽培米農家、川崎さんの想い

2020 年 10 月 23 日 金曜日

川崎さんと田んぼ

今年も新米の季節となりました。

黄金色に輝く稲穂が
風に揺れているのを見ると

「この一粒一粒の米粒が
わたしたち日本人の体作り支えてきたんだなぁ」
としみじみ思いますよね。

コロナウイルス流行から始まった今年の米作は
長梅雨、日照不足
さらにはウンカまで大発生
多くの米農家を悩ませました。

天草の自然栽培米農家、川﨑さんの田んぼも
長雨の影響で収量が左右されたとのことですが
それでもたくましく育ちました!

天草に自然栽培を導いた川崎さん

川﨑さん収穫風景

天草の自然栽培米農家、川崎眞志男さんは
自然栽培歴14年のベテランです。

自然農法を始めたのは
今から30年前の1990年のことです。

それまで天草には
自然農法が普及していませんでした。

川崎さんはその頃から
作物の残留農薬が人体に及ぼす影響を懸念し
自然農法に取り組んできたのです。

2016年度自然栽培米ササニシキ

農薬使用の慣行農業が全体の9割を占める中
まだ天草にその栽培法が確立していなかった
自然農法に挑むのは、厳しい道のりでしたが

自然農法こそが
”食べた人が元気になれる生命力の高いお米を作れる”
と確信し、邁進し続けました。

2006年には、1町分の水田を自然栽培に切り替え
2012年には、12町全ての水田を
自然栽培に切り替えました。

川﨑さんは、天草に自然栽培米作りを広めた
立役者であり、先駆者となったのです。

自然栽培に寄せる川崎さんの想い

川﨑さん親子

川﨑さんの先祖は、米農家です。
代々天草の地でお米を作り続けてきました。

川崎さんは、食べる人の健康を願い
元気になるお米を作るには
自然栽培しかないという強い想いのもと
その道を歩んできました。

自然農法を始めたときは収量が非常に少なく
周囲からも笑われることもあり
苦しい想いをした時期もありました。

川﨑ササニシキ

しかし、人の体にも
そして地球環境にも良い農業は
自然栽培しかないと揺るぎない確信を捨てず
これまで続けてきました。

天草から全国の人に
自然の生命エネルギーの溢れたお米
届けてきた川﨑さんは
毎年多くの方から好評の知らせをいただいています。

令和2年度のササニシキの出来は…?

川﨑さんの田んぼ

令和二年の米作は
これまでになく厳しいものとなりました。

通常は6月から7月にかけ稲の花が咲きますが
今年は例年になく雨が降り続けたことで
受粉がスムーズにいきませんでした。

結果、収量が減ってしまったのです。

恵みの雨とはいいますが
あまり降り続けても作物をダメにする。
日光も同じです。

やご

しかし、収量は減っても
力強く育ったのには変わりありません。

川﨑さんの自然栽培に対する
変わらない想いと同じく

自然栽培米もこれまでと変わらない
自然の力と美味しさ、そして川﨑さんの想いが
お米の一粒一粒にぎっしり詰まっています。

まとめ

自然栽培米の朝ごはん

温暖な気候である天草は
早期米の栽培が盛んです。

早期米とは、稲の栽培時期を通常より
早めにずらして行う栽培です。
稲自体は一般のものと変わりません。

天草の米作全体の8割が早期米を占めていて
収穫は8月頃です。

今年は長雨の影響で
収穫がやや遅くなりましたが
美味しさは変わりません。

これからも、川崎さんの想いが形になった
自然栽培米ササニシキを
たくさんの人に食べて欲しいと思います!

大森自然栽培米イセヒカリの特徴と大森さんの想い

2020 年 10 月 19 日 月曜日

大森さんと田んぼ

熊本県南阿蘇の自然栽培農家
大森博(おおもり・ひろし)さんは
南阿蘇に流れる清らかな水で
自然栽培米イセヒカリを作られています。

イセヒカリは
伊勢神宮の新田で生まれたお米です。

全くの異業種から
自然栽培農家に転身した大森さんは
なぜ縁もゆかりもない南阿蘇で
育てにくいとされるイセヒカリの栽培を
決意されたのでしょうか。

イセヒカリとはどんなお米なのか
その特徴とともにご紹介します。

神様が植えたお米、イセヒカリ

大森博自然栽培米ササニシキ

イセヒカリは平成元年、伊勢神宮の新田で
コシヒカリの突然変異によって生まれたお米です。

台風後に倒伏しなかった
たった2株の稲から育種して生まれました。

中生で稈が太いため、倒れにくく
そのうえ病気にも強い特性をもったイセヒカリは

まるで“神様が植えた神秘のお米”として
10年ほど門外不出でしたが
その後伊勢神宮から各地の神社に種籾が配られ
全国に栽培が広がりました。

伊勢神宮

しかし、イセヒカリは
肥料を与えすぎると育たない性質もあります。
したがって、慣行農業には不向きなのです。

そして、コシヒカリから生まれた品種ですが
コシヒカリとは食味が全く異なり
硬質であっさりしています。

冷めても味は落ちにくく
食味値は平均80以上

しっかり噛んで良く味わうお米です。

無農薬・無肥料のイセヒカリを作る大森さん

大森博と自然栽培米

慣行農業には不向きとされるイセヒカリは
無農薬・無肥料の自然栽培こそ向いている
栽培だといえます。

この自然栽培でイセヒカリを作られているのが
南阿蘇の自然栽培米農家
大森博さんです。

南阿蘇は、全国でも有数の湧水地帯です。

湧き水を飲む大森さん

大森さんの田んぼも
南阿蘇村湧水群の一つを利用しており
そこは昔から神聖な場所としても祀られています

まさに神様が宿る場所であり
そこで作られた大森さんのイセヒカリには
神様の神秘的な力が込められていることでしょう。

自然栽培米イセヒカリを作る大森さんの想い

大森自然栽培米収穫作業
大森さんは、自然栽培農家になる前は
雑貨屋を営んでいました。

自分自身で“本当に納得のいくものを作りたい
という想いと
もともと地球環境の分野に興味もあったことから
自然と農業への道を歩むことになりました。

そして、南阿蘇で農業を始めます。

大森さんが、なぜ縁もゆかりもない
南阿蘇で農業をはじめたのかというと

綺麗な水が湧く南阿蘇が
農業に適した環境だったからです。

大森自然栽培米収穫作業

その後
南阿蘇で自然栽培をされている方と出会い
その方の元で自然栽培を習うようになり
今に至ります。

大森さんはこれからも
“安心安全の本物のお米”を追求し
“自分が納得のいく美味しいお米”を作り続けるため
進化を続けます。

まとめ

大森博の天日干し自然栽培米ササニシキ

自然栽培は、非常に難しい栽培です。

何年もかけて不純物の混じらない土を作り
きれいな水をひき、種を採り
害虫や雑草と闘います。

無農薬・無肥料で作物を育てるのには
このように多くの手間がかかり
収量は慣行栽培よりも少ないので
自然栽培で生計を立てる人はほとんどいません。

大森自然栽培米収穫作業

しかし大森さんはこれを分かっていながら
自然栽培の道を歩むことを決意しました。

並々ならぬ固い決意と信念
大森さんにはあるからに他なりません。

令和2年の大森さんの自然栽培米イセヒカリには
大森さんのそのような想いが詰まっています。

大森さんの自然栽培米は以下より購入いただけます。

【大森博の自然栽培米ササニシキ・イセヒカリ】

 

ササニシキ・ミナミニシキを支えている害虫の役割とは?

2020 年 2 月 25 日 火曜日

自然栽培米ササニシキ苗

今や米作には欠かせない農薬。

日本において農薬は、戦後急速に普及しました。
農薬を使うことで米の量産に成功し、戦後陥った食糧難に貢献したのです。

一方で、農薬による健康被害を懸念する声も上がりました。

しかし、農薬を使わなければ稲が病気に感染したり、害虫に食べられてしまいます
多くの人々に安定してお米を届けるには、農薬は不可欠なのです。

そんな中、農薬や化学肥肥料を使わずに
自然栽培の米作りに情熱を燃やす自然栽培米農家の方がいます。

その方は、自然栽培歴13年の前田英之(まえだ・ひでゆき)さんです。

米作における害虫

ウンカ

米作につく代表的な害虫に、ウンカが挙げられます。
ウンカは、稲の茎や葉にストロー状の口針を刺して吸汁する虫です。

平成に入ってから効果の高い薬剤が開発され被害は減少していましたが
近年のウンカはこれらの薬剤に対して抵抗性が身に付き、進化していることがわかっています。

ウンカ被害

ウンカの他には、ジャンボタニシも挙げられます。

ジャンボタニシは、1981年に台湾から日本に
食用として持ち込まれたのが始まりです。

しかし、食用としての需要は無く
廃棄され、野生化したジャンボタニシが広く分布してしまいました。
ジャンボタニシは稲の苗を食べるので、農業害虫と言われています。

熊本県菊池市で自然栽培のミナミニシキを作っている前田さんは
これらの害虫に対して、どのように対応しているのでしょうか。

害虫が棲みついても、むしろウェルカムな前田さん

前田さんと田んぼ

以前、前田さんにこれらの害虫に対して尋ねたところ

対応も何も、ウンカとか病気がきてもいいよ。
それらの生物がいることで、土壌の菌が豊かになるでしょう

という答えをいただきました。
ウンカやジャンボタニシが田んぼに棲みついても、排除しないという考えなのです、

前田さんにとって大事なのは「田んぼに生きる生物の量」とのことでした。

前田さん除草

農薬や肥料を使用せずに、微生物や虫を多くすることを重要視しているのです。
なぜなら、そのようなお米が腸の微生物によって、良い食べ物となるからです。

前田さんは日々進化することを意識して
毎年、稲作に新しい試みを入れ込んでいます。

自分が進化するほど、作ったお米が進化すると考えているのですね。

ジャンボタニシは田んぼの清掃係

ジャンボタニシ

食用として流入されたものの
その後害虫として広まってしまったジャンボタニシ。

前田さんはこのジャンボタニシの生態を生かして
田んぼの除草に活用しています。

ジャンボタニシに食べられすぎて苗が少なくなってしまった箇所は
手で一つ一つ補植しています。

前田自然栽培米の稲

無農薬・無肥料での自然栽培米ミナミニシキ作りは令和元年度で13年目となりましたが
特に今年は、収穫時にクモやテントウムシが多く見られました。

さらに不思議なことに、令和元年はウンカの被害がありませんでした。

前田自然栽培米ミナミニシキの田んぼは
無農薬のために、ジャンボタニシをはじめとしたたくさんの生物が生息しています。

ミナミニシキ稲

この多様な生物の環境が、前田自然栽培米ミナミニシキの特徴の一つであり
ウンカの被害がでない要因の一つなのです。

害虫も地球上の大切な生き物。
何一つ無駄な生き物はおらず、全て生態系のバランスを担っている大切な生き物。

自然栽培農家ならではの考え方ですね。

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