自然栽培米ササニシキ

東の横綱ササニシキはなぜ減った?復活に人生をかけた若き自然栽培米農家

2021年2月19日

大森さんインタビュー

宮城を代表する銘柄米、ササニシキ。

コシヒカリとは対照的に、硬質であっさりした食味が特徴のお米ですが、実はコシヒカリとは親戚品種に当たります。

モチモチした粘りと甘さのお米が好まれる現在、ササニシキはすっかりコシヒカリの影に隠れてしまいました。しかしササニシキは酢飯に最適で、おかずの味もよく引き立てます。寿司店ではいまだ根強い人気があり、寿司職人には大変好まれていますね。

体に良いとされる“あっさり”を作り出す成分“アミロース値”が他のお米よりも高く、健康増進のために食べる人もいます。

今回は、体にも良いササニシキがなぜ作られなくなったのか解説し、ササニシキの復活に人生をかけた自然栽培米農家についてご紹介します。

かつては東の横綱と呼ばれていたササニシキ

大森さんインタビュー

ササニシキは今から68年前、宮城県で生まれました。

親は、ハツニシキとササシグレ。

ハツニシキの親は農林1号と農林22号ですが、実はこの2つの品種からは、コシヒカリも生まれています。

つまり、ササニシキにとってコシヒカリは、叔父叔母の関係なんですね。

ササニシキは、栽培において優れた特性を持っていました。それは、病気に強い・多収・倒れにくいという特性です。寒さが厳しい東北地方でも、栽培しやすいお米でした。

大森さんインタビュー

ササニシキが生まれた当時は、お米の多収が重要視されていたので、栽培しやすいササニシキの作付け面積は徐々に拡大。昭和60年の作付け面積は、コシヒカリに次ぐ全国2位になり「東の横綱ササニシキ、西の横綱コシヒカリ」とも呼ばれるようになったのです。

しそれほどまでに人気を二分していたはずのササニシキですが、今では作付面積1%にまで減少しました。

なぜ作られなくなったのでしょうか。

気候変動で打撃を受け市場評価を失う

大森さんインタビュー

東日本を中心に圧倒的人気を誇っていたササニシキですが、生産量が多くなる一方で、度々いもち病(米特有の病気で品質が悪くなる)にかかっていました。

その後、1980年と1983年に起こった冷害で大きな打撃を受け、市場評価が低下。さらに、1993年には冷夏、1994年には猛暑と多雨が起こり、ササニシキの品質は著しく低下し市場評価を失ってしまったのです。

2017年の全国作付面積ランキングでは、ランク外となってしまいました。

しかし、ササニシキは冒頭で述べたように、寿司店では欠かせないお米ですし、あっさりした食味を好む人からも支持されているお米です。今では、ササニシキと同等の品質がありながら、いもち病にも強い新品種を作る試みが盛んに行われています。

ササニシキの復活に人生をかけた若き自然栽培米農家

大森さんインタビュー

熊本県南阿蘇に、ササニシキの復活に人生をかけた自然栽培米農家がいます。

全くの異業種から自然栽培に転身した大森博(おおもり・ひろし)さんです。

大森さんは、自然栽培を始める前まで雑貨屋を営んでいましたが「自分の手で、納得のいく本物のものを作りたい」という想いを抱いたことから、就農を志しました。

38歳のときに、米作りを学ぶため福井県の米農家に師事。そこで師匠が食べさせてくれたササニシキに、非常に感動したといいます。

「人の体が求めている本物のお米だ」と実感したのです。そして、自分もササニシキを作ろうと決意。ササニシキの栽培に適した環境が揃っている南阿蘇に移住しました。

しかし、南阿蘇でのササニシキの栽培は20年前で途絶えていました。さらに自然栽培となると非常に難しく、大森さんは周りの農家さんから指南してもらいながら、ササニシキの自然栽培に挑んだそうです。

大森さんインタビュー

今では収量も安定し、令和2年の収穫は仲間たちに手伝ってもらいました。夢のあふれる素敵なメンバーです。

ササニシキの種を守り、継いでゆく大森さんのような農家さんがいるからこそ、私たちの食が支えられているんですね。

大森さんの自然栽培米はササニシキは下記より購入いただけます。
【大森博の自然栽培米ササニシキ・イセヒカリ-熊本県南阿蘇の湧き水で育った無農薬のお米】


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Posted by 自然栽培米ササニシキ-日本に残したい伝統のお米専門店-農家直送通販サイト at 21:57 / 井田のササニシキなど伝統米を残す活動コメント&トラックバック(0)